スポンサード リンク

原則がわかれば、自分の進むべき道は見えてくる

占い師やスピリチュアルカウンセラーに何度も何度も通ってそのアドバイスを受けることで安心しようとする人がいます。スウェデンボルグの書やエドガー・ケイシーの本をしっかりと学ぶと、もう、占い師もスピリチュアルカウンセラーも不要になるのです。原理、原則がわかれば、自分の進むべき道は見えてきますし、それを霊能力者や占い師に教えられる必要性もなくなります。ところがそうならないのは、多くの人は学ぶことよりも答えを安易に入手して、楽をしたいのです。その楽をしたいという部分は怠慢な心であって、そこに魔物がつけこんでくるのです。霊能力者も占い師も、良い霊的存在とつながる人ばかりではなく邪霊とつながる人のほうが圧倒的に多いです。商売として、霊能力やスピリチュアル能力を使用する時点で、本来の道から外れてきますので、最初はよくても、次第にずれてきて、邪神界の存在と入れ替わることになります。多くの霊能力者やサイキックは、自分が受け取ったメッセージが邪神界からのものか、正神界からのものかを判別することができません。全部、うのみにしています。そのため、相談者もその間違った預言やアドバイスを信じて迷走した運勢にひきずりこまれるのです。このリスクから身を守るには、できるだけそういったところに相談にいくのではなく自分自身が古典から学び、原典から学ぶ、読書の努力、学習の努力を怠らないことです。そうすれば「指示待ち人間」になるリスクを下げて、人生を主体的に切り開ける人になることでしょう。潜在意識の働きを学ぶことで、その道は開けます。

霊言集のようなものは危険

シルバーバーチの霊言を真似た偽霊言集のような本が最近増えています。精神世界の本を読んでから、気分が不安定になって、おかしくなったという事例をしばしば耳にします。こうした本があっているという個性の人もいるので、一概には言えないと思いますが、読んでみて、気分ががっくりと落ち込んだり、やる気がなくなってしまったり、がんばろうという意欲や、前向きな気持ちが急にへこんでしまったら、それは、読んだ精神世界の本についていた邪気にやられたのだと思って間違いありません。本というのは著者の霊界とつながっています。生き方が素晴らしい人格者で、社会的にも精神世界を抜きにしても常識人として多数の世間様に認められている人物の本であれば、問題ありません。たとえば論語やマルクス・アウレリウスの「自省録」などを読むと、誰でも心がすがすがしくなります。これは著者や編纂者の意識がとても高次なものであり、生き方がすばらしかったということです。ところが、文章が一見してどんなにすばらしくても、著者の人格が素晴らしくないケースがあります。生き方が自堕落であったりルーズであったり、権力欲にとらわれていたり、大言壮語ばかりであったり。そんな人の著書を読むと、その邪気が流れ込んできます。ですから、本を読むときにはその著者がどういう人物であるか、できるだけ調べることです。そして、精神世界を抜きにしたときに、常識人として立派であるかどうかを見てみましょう。そこに問題があると、まず、その本はいけません。そして、読んでみて、元気がなくなったり、気分が落ち込んだり、やる気がなくなったり、愛情がさめてきたりする本は邪気の本です。そんな本は捨てるべき物です。


スポンサード リンク

※著作権は放棄していません。ウェブサイト上の画像・文章などの転載、引用はお断りいたします。

TOPへ