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スピリチュアルにひそむ偽物を見分ける秘伝

スピリチュアルに関心を持つことの弊害について、明確にしてきしている専門書がほとんどないなか、すばり、その危険性と弊害について、指摘しています。精神世界の団体、相談をしているスピリチュアルカウンセラー、霊能者、そこでなされるヒーリングやセッションや接心が本物かニセモノかを判別する一番簡単な方法は、三つあります。第一に、あなたの抱える問題が根本的に解決しているのかどうかです。表面的な解決ではいけません。健康問題であれば、表面にでている症状がとれても、それは治癒ではありません。邪悪な霊力でも、病気も治せるし、当面の問題が解決したかのような一時的な結果は出せるものです。肝心なことは、本質的に解決したのか、あなたが幸せになったのかです。そこに所属したり、その先生とかかわっているにもかかわらず、何も解決しない、あいかわらず苦しんでいる、ということであれば、じっくりと考えてみる必要があります。あなたが苦しみ続ける限り、あなたはその団体や組織や先生を頼るのですから、彼らにとっては良いお客です。第二にお金をとるとかとらないとかで判断しないことです。お金をとらないから正しいのだという浅い見方しかできない人が多いですが、お金をとるのが邪悪であるなら、この世のすべては邪悪ということになります。

その霊能者が偽物であるとわかる最大のポイント

そもそも伊勢神宮でお神楽を申し込むのにもお金はかかります。それでは伊勢神宮はニセモノだというのでしょうか。どこの神社でもお寺でも千年も二千年も前から、ご祈祷や護摩祈願をしています。そのすべてを否定するなど、正気の沙汰とも思えません。お金を判断の基準にするなら、社会的な通念の上で、あきらかに高額すぎる布施や寄付を要求している団体がいくらでもあります。それがおかしいのです。第三に先生と称する人の人格を観察してください。本物の神霊と交流していれば、そこに文化の高さがあるはずです。文化とは学問と芸術と信仰のバランスよい発展です。本物の神霊と交流できる霊格の人間ならば、その人物は芸術的であり、絵や書や舞踏や彫刻や小説や詩などのなんらかの芸術創作活動において秀でているはずです。それがないのは偽者です。また学問的素養が高く、たえず学びと研鑽を怠らない人物のはずです。そして、信仰を重んじるので、組織の拡充や団体の建物や御殿や神殿を一生懸命に増やしたり、建築したりはしないのです。そういった形あるものよりも無形の神なるものの教えと道を重んじるはずです。こういったポイントを観察すれば、その正邪はすぐに判別できます。邪霊は、参拝しなくなると必ず祟りをする、参拝していると霊流を受けるので人間の人格がゆがみ始める、気分がころころ変わり、ヒステリー、情緒不安定になる、うそつきになっていく。という特徴があります。現世利益をもとめてこれを「おかげ信仰心」の対象として、すがる人間が後をたちません。邪霊の霊能は千里眼、霊視能力をもたらしますが、決して人の魂を救い、神仏の御心に叶う方向性に導くことができません。信仰するなら、伊勢神宮を中心とする、人格神を対象とすべきであり、動物霊を拝むべきではありません。動物霊ではないと主張する人がいますが、実際にそういうものがくるのです。

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