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宗教へのこだわりから脱却するにはスウェデンボルグの足跡を学ぶ

新興宗教もそこで宗教の礼節を学び、神学び仏学びをしている、「一つの勉強の段階」としては意義があります。しかし、それは霊的な世界への入門でしかなく、いつまでもそこにいるべきではありません。穏和な宗教もありますが、中にはカルト的であり、日本の国土に住みながら、伊勢神宮など国土の神霊にも参拝できないという弊害さえもたらし、社会との葛藤を生んでいます。鎌倉仏教の開祖の一人、日蓮は、その伊勢神宮にて「我、国難を救う柱とならん。」と伊勢大神様に発願しました。そして、みずからの宗派を確立したのが歴史的事実です。また、日蓮は信者宛に書き残した手紙の中で、法華経を守護する30の神社をあげて、神社にお参りすることを勧めています。これが開祖である日蓮の本来の教えです。

現在日本にたくさんある法華経を拝む新興宗教は日蓮のファンクラブの一つ

そのファンクラブにこだわるのではなく、日蓮の生き方を自分の中でどう結実させるかが大切です。これはほかの系統の新興宗教にもすべて言えることです。まず、仏教、キリスト教、イスラム教、儒教、道教などの五大宗教があり、その仏教の中に大乗仏教と小乗仏教があり、その大乗仏教のなかに、密教と顕教があり、その顕教の中に、日蓮宗、浄土宗、浄土真宗、曹洞宗、臨済宗、黄檗宗の鎌倉新仏教諸派があり、その日蓮宗の中に、日蓮正宗、創価学会、立正佼成会、霊友会、その他、多くの日蓮を開祖としている新興宗教が戦後になってから、形成されました。一方、一万年前から日本に形成された神道は、古代ユダヤとの融合を経て、現在の形になりました。その神道からも戦中戦後から、天理教、大本教、金光教、黒住教などの教派神道が生まれました。大本教は戦後さらに、世界救世教、生長の家、真光などに別れていきました。キリスト教は、エホバの証人(ものみの塔)、統一教会などが戦後に出現しています。

新興宗教への傾倒は危険

スウェデンボルグも説いたとおり、宗教の一つの教えにこだわるのではなく、広いものの見方で、「絶対視」していたものを「相対的に」見れるようになることが大切です。セクト主義から卒業できるように学びを深めるためにも、スウェデンボルグの研究を参考にすることは有益です。

 



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