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私は守護霊の声が聞こえるのを感じます。この状態は大丈夫なのでしょうか?

守護霊の声が聞こえる状態についてですが、できれば、守護霊には、
「声で教えてくれるのは必要最低限度にしてください」と、こちらからお願いしておくほうが良いでしょう。
また、守護霊の声が聞こえることは、できるだけ他人にもらさないことです。
他人にもらすと魔が入りやすくなります。というか、ほとんど入られます。


守護霊の声が聞こえたときも、それをうのみにしないで、自分の学んだ知識や常識を
ものさしにして、おかしな内容は無視するようにしてください。
それぐらい、霊との交流は気をつけなければならないのです。
ほとんど全部が邪霊からのまやかしであると考えて間違いないでしょう。


あくまでも人間としての日々の精進努力に見合っただけ、自然に
ひらめきや偶然によりて導かれるのが正道なのです。
お告げや霊のメッセージは、本来、必要最低限度のものであるべきで、ないほうが良いものなのです。
日常的にお告げを当てにして生きる心は「怠り心」なので、稲荷などの邪霊にやられやすくなるのです。


お祈りの時に守護霊団が来てくれると、その波動を感じる人も多いですが、
それとて、過度に気にせずに、とらわれないことです。
今、声が聞こえることがあるのは、そのアンテナにあたるチャクラが活性化しているためで、それは前世で磨かれた才能かもしれません。


注意点を守って活用する限り、心配はありません。車の運転と同じです。車も運転のルールを守らないと、事故を起こしたり危険です。
守護霊との交流も同じです。正神界との交流が確実にできる原則を知り、邪神界とつながらないようにすればいいのです。


「お告げ」をうのみにしないで、常識で判断し、大言壮語や過度に持ち上げる内容は、邪霊によるものだと見破ることが大切です。
霊の声が聞こえると精神科医にいえば、幻覚妄想状態とされ、統合失調症と診断されることもありえます。


それぐらい、不自然なことなのです。
それが一生に一度や二度ではなく、日常茶飯事にあるのは、天地自然の道に反するのです。
ですから、本物の守護霊なら、絶対に霊的メッセージやお告げなどなさらないのです。
日常的にそれがあるとしたら完全に邪霊の仕業です。


「正法に不思議なし」というように、人間としての当たり前の精進努力と人格陶冶なくして、
神霊世界とかかわるのはむしろ危険なことなのです。


前世療法を施術するにおいても、術者としてもっとも注意する部分は、ほんとうの守護霊と対面させることにあります。
不勉強で未熟なセラピストは、今やってきた魂のガイドが、本当の守護霊なのか、邪霊がなりすました偽者なのかを見分けることができません。
そのため邪霊に翻弄されてしまっているセラピストも多いのです。


先祖供養はあまりやりすぎると弊害がありますが、まったくやらないと、子孫の結婚運、子宝運が障害されます。
生業が不振になる場合もあります。
なぜ、こうなるかというと、次の転生を待ちながら霊界にいる先祖には、
天国のような世界にいっている者もいれば、地獄のような世界にいっている者もいるからです。


霊界は意志と想念の世界なので、同じ波長の者同士が引き合います。
心が暗く冷たい人は、同じような心の人ばかりが住む世界に落ち着きます。
心が明るく温かい人は、同じような人ばかりが住む世界に落ち着きます。
そして心には千差万別があるように、霊的世界にも千差万別、無数の霊層が存在します。


そしてあまり良い世界に行っていない祖霊たちは、お盆やお彼岸や命日にわずかな期間、
この世に戻れることを心待ちにして日々をすごしています。
もし、お盆やお彼岸や命日に子孫が何の供養もせず、先祖のことを忘れてしまったかのように過ごしていると、
これらの先祖は寂しさと不満から、子孫に戒告します。


すると、現実世界では子孫の生業などに差し障りがでるのです。天国に近いところの先祖はこんなことはしません。
真ん中よりも下の世界に住む先祖が問題となります。


過度な供養は祖霊をこの世に縛り付ける重りになるので、毎日戒名やお題目を唱える式のものはお勧めできませんが、
お盆、お彼岸、命日は仏壇に「観音経」などを唱え、季節の食べ物などをお供えして、供養の気持ちを表現して
話しかけてあげて、あまり良いところにいっていない祖霊も慰めてあげるのが良いです。


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