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無為に生きれば怠け地獄に落ちる

いじめの被害にあって以来、不登校になり、毎日、自室にこもりきりになった青年がいました。彼は成人してからも引きこもりを続けて、今でも引きこもったまま、毎日、自分をいじめた連中への呪詛の言葉を繰り返しつぶやいているそうです。彼は、今の状態で死ねば、絶対に天国には行けません。行く場所は決まっています。地獄です。なぜならばです。人間には生まれてきた以上、自分を磨き、精進努力して向上するという使命が与えられているのです。その約束で生まれてきているのです。にもかかわらず、自分を磨かず、能力を高めず、不平ばかりいって暮らすのは、生まれてきた使命を怠った罪を犯しています。これを日本の神道では「天津罪」(あまつつみ)を犯すといいます。

「天津罪(あまつつみ)」を犯せば、死後、その償いを

努力を怠り、無為に生きた人間は、死後、地獄で苦役に従事させられます。朝から晩まで、重い荷物を運ばされる地獄です。鬼がきて、無理やり、荷物運びをさせます。それが三百年とか四百年とか続きます。そこは荒涼とした暗い世界であり、何も楽しみも喜びもありません。苦しい、苦しいと言いながら、荷物を運ばされます。「生前、己の能力を磨かず、怠っていた怠けの罪を思い知れ」と鬼が叫んでいます。その世界の住人は、鬼の叫んでいることの意味を心の底から悟るまで、そこを出してもらえません。しかし、一度、地獄におちると、なかなか悟れない者が多く、そこから普通は出てこれないのです。怠け地獄におちると、改心できないまま何百年も過ごすうち、霊体は狸の姿に変わっていきます。一種の畜生道です。タヌキとはタが抜けた存在。タとは、尊い、貴い、高いという霊的要素です。

人間のもつ高貴な精神がなくなったなれの果て

こうなることを避けるには、彼は今すぐ、改心するほかありません。人間は生きているからこそ、進歩向上できるのです。進歩向上するために、生まれてきたのです。霊界の地獄にいて苦しむ霊達から見れば、命があることがいかに尊いことか。その貴重な、たった数十年しかない命を無為に過ごした罪は大きいのです。殺人などの罪を国津罪(くにつつみ)といいますが、それに匹敵するほど大きいのが「怠けの罪」です。天津罪の一つなのです。今のまま行けば、こうなることは明白です。急いで、この状態から、自分を救い出さねばなりません。彼が憎しみを繰り返して思うのは、「怠けを正当化する言い訳」です。被害者になり、恨みつらみを言い立てることは、自分の怠けを正当化できる都合のいい理由なのです。

今すぐに、生き方を改めて、全うな人生を構築

それを自力ではできないのであれば、まず、神様にお祈りをする、そこから、すべてが始まります。いじめにあっても、そこから立ち直って立派な人物になる人はいくらでもいます。その人々がどう乗り越えたのかを学ぶべきです。その試練は前世の因果によりもたらされたものであり、輪廻転生の結果つまりカルマと呼ばれるものです。それを乗り越えることが今生のテーマなのです。

 


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